2005年3月26日(土)朝から土砂降り「前半」

Arca ---San Anton ---Amenal ---San Paio ---Labacolla ---San Marcos ---San Lorenzo ---Santiago de Compostela 20.1km

何ということだ。  朝から、バケツをひっくり返したような、土砂降りだ。  歩き続けた26日間中、サンチャゴに到着する最終日が、最悪の天気だ。  強い雨が地面と木々に当たる音が、部屋の中まで響いている。  空は完全な鉛色。  軽くパンをかじってから、全員がポンチョを着て出発する。  昨日、ベットに干しておいたシャツと靴下が、まだ乾いていない。  仕方なく、そのままビニール袋に入れてリュックに押し込む。
今日20キロ歩けば、目的地のサンチャゴに到着するのだ。  私達はこの26日間を、サンチャゴに向かって、ただひたすらに歩き続けてきた。  その待ちきれない気持ちと、やりきれない天気の2つの要素が、私たち巡礼者の内面のバランスを崩してしまっているようだ。  皆一様に難しい顔をしていて、話し声も聞こえない。  降りしきる雨と風に抵抗しながら、黙々と歩く。  自分達に与えられた課題でもあるかのように、必死に歩く。  この期の、この天気に及んで、今までのような自然を楽しむ余裕もなく、黙想的な状態に陥ることもない。  とにかく耐える。  忍耐だ。  ポンチョを着ていると、前が良く見えない。  袖口からは、容赦なく雨が入ってくる。  顔も既にびっしょり濡れているが、いちいち拭く余裕もない。  顔面に雨を滴らせながら、文字どおり歯を食いしばって歩き続ける。
ついに、今まで頑張ってくれた靴が浸水し始めた。  靴の中は洪水。  歩くたびに、水音がする。  靴下もぐじゃぐじゃだ。  不快度100だが、止まるわけにはいかない。  なぜなら止まっても屋根はなく、替えの靴下も靴もないからだ。  人生には「つべこべ言わずに、進まなければならない」状況が、あるらしい。
先にレストランが見える。  迷わず直行する。  中はぐちゃぐちゃの巡礼者達で、一杯だ。  皆この「ご復活の週末」に向けて、歩いているのだ。  紅茶とマグダレーナで暖をとり、トイレに行く。  雨降りの日は、屋外トイレというわけにもいかない。  店内では、サンチャゴTVのカメラが取材をしている。  今日の嵐は、待てば止むという種類のものではないのが、一目瞭然だ。  皆、一休みしてから、次々と嵐の中に戻っていく。  我々も再度意を決して、雨の中を出発する。

      TVインタビューを受ける巡礼者
ユーカリの森を抜け、何の変哲もない道を歩き続けると、左にサンチャゴ空港が現れた。帰りはここから、飛行機で一っ飛びだ。  昔の巡礼者達は、めでたくサンチャゴに到着した後、再び歩いて帰ったわけだ。  目的を果たした後の方が、気が抜けてしまって危険ではなかったかと、余計な心配。  途中に巡礼者の記念碑。  しかし嵐の中、誰も立ち止まらない。  もう袖口から肘にかけて、シャツはビショビショだ。  杖を握る右手も、雨に濡れ続けて、ふやけてきた。  おそらく両足も、ふやけている。

       最終日は朝からどしゃ降り
一体なぜ、最終日にこんな天気を神様は選ばれたのか?と、歩きながら思う。  すると、一つの情景が浮かんだ。  大学の先生が、私に無常に言い渡す。
「取り忘れてた単位は、最後にまとめて取ってもらいます。」
勉強嫌いだった私にとっては、非常に現実的な情景だ。  この最終日の嵐は、私の取り忘れた単位だったのかぁ、だったら取らなきゃ仕方ないなぁ・・・と妙な納得をしながら、ヨロヨロジャブジャブと歩き続ける。
キャンプ場の脇を抜け、最後の丘Monte Gozoに到着する。  ここも有名な、巡礼の巨大モニュメントがある。  そして晴れていれば、ここからサンチャゴの町が一望できるらしい・・・が、大雨なので論外。  それでも皆、一応モニュメントの下まで行き、踵を返して先を急ぐ。  そして地図上で、一番最後となるアルベルゲに到着する。  このアルベルゲは、アメリカの大学の寮のようだ。  殆どすべての施設が完備しており、カフェテリアも巨大。  1年中オープンしていて、800の2段ベッドを備えているらしい。  雨からの避難も兼ねて、再度ここでもお茶をする。  ポンチョを脱いで荷物を下ろすが、身体全体が濡れているため、椅子に座ると非常に不快。  だが、あと5キロ歩けばサンチャゴ大聖堂に到着だ。
午後になっても、まったく雨足が弱まらない。  太陽も顔を出さない。  天気の不平は100%捨てて、歩くことだけに専念する。  不思議なことに、サンチャゴ市内に入ると、矢印がまったくなくなってしまった。  どこをどう進めばいいのか、皆目見当がつかない。すぐそこに大聖堂があるような気がして、心が焦り早足になる。  1列になって進む私たちを、バスの中から人々が見ている。  170センチのマリエラ、160センチのINAHOさん、153センチの私。  自ずと歩幅に差が出る。  嵐の中、真っ赤なポンチョで杖を持ったチビが、足を引きずりながら猛烈な速さで歩いていれば、誰だって注目してしまうだろう。  こうして文字で書くと悲壮感が漂わなくもない。  が、実際のところ、この時点での私は妙な高揚感に満ちており、「やってやるぜ。 うはははは!」 と心の中で不敵に笑っていた。  他人のことは、外側からはわからない。
水溜まりの中を歩き、何度も道を聞いた挙げ句、とうとうサンチャゴ大聖堂前の広場に到着した。  マリエラは雨の中を踊り、INAHOさんは写真を撮り、私は無言で周囲の人々を眺めていた。  あちらこちらで、人々が抱き合っている。  近くに居た若者に、3人一緒の写真を頼む。  すると、ほんのつかの間5分ほど、大雨がパタと止み、お日様が出た。  私たちは笑顔で写真を撮ることができた。  心から神に感謝。

続いて長い階段を昇り、聖堂の中に入る。  巡礼者が到着した時にやるべき手順があるそうで、私はガイドブックを見ながら進んだ。
1)入り口「栄光の門」の大理石の柱に、手をつく。 ここには長年の巡礼者達の、5本の指跡が残っている。
2)Santo dos Croques のご像に、おでこをつける。
3)祭壇後方の、金ぴかの聖ヤコブ像の背後に入り込んで、ハグをする。
4)地下にある、聖ヤコブの銀の棺の前で祈る。
私はポンチョ姿で、雨を滴らせながら1)と2)までとりあえずやった。  しかし濡れ鼠で、身体が冷えて震えがきている。  靴の中が洪水状態で、歩くたびにジャブジャブいう不快感で、とても落ち着いて祈る気持ちになれず・・・・3)と4)は翌日にすることにした。  INAHOさんは、既に頼まれて持ってきた「ご絵」を、聖ヤコブ像にペタ!と当てて、祈ってきたそうだ。  今になって振り返ると、この時の「私」は、なんとも可笑しいヤツだ。  あれほど苦労をして長い距離を、1ヶ月近く歩いてやっと! 到着したはずだ。  それが「とても祈る気になれず、翌日にする」とは・・・!?

            • 後半へ続く。